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11月19日、日曜
臨時休みをいただきます。





# by katatchicafe | 2023-11-18 17:48 | お知らせ






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11月19日、日曜
臨時休みをいただきます。





# by katatchicafe | 2023-11-18 17:48 | お知らせ

11月の献立から




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上:大豆とひじきの五目煮
左:じゃがいもとズッキーニのパプリカ炒め
右:はやとうりと里芋のすりながし



# by katatchicafe | 2023-11-17 18:39 | お食事

なんなん⁈ART 11月ー2週




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先週の荒川修作+マドリン・ギンズの「意味のメカニズム」を受けて。
日々、ただ生きている、ということで「感じる」ことの大切さについて。



朝、起きて、少し暗い。曇っているようだ。
次第に明るくなってきた。
窓から光が差してくる。
きれいな光だ。
外に出てみる。
朝の空気を感じる。
いつもの自分の家の庭。
いつもの朝。

例えば、そんな朝があったとします。

朝は毎日訪れます。
でも毎日は、ちがう日々。
毎朝、ちがう朝。
昨日もそういえば曇っていて晴れてきたな。
でも、昨日と今日はちがう朝。
昨日出ていた雲と今朝の雲は違うかたちをしている。
その雲を構成している水は昨日と今日とでちがう水だと思う。
目に見てわかるわけではないけれど。
水はみんな、水でしょう?
川で汲んだ水も、水たまりの水も、水道から出る水も、みんな同じ?
水道から出る水、コップの一杯目の水と二杯目の水は、同じ水?
いいえ、それもみんな、ちがう水。
あなたと私は同じ人間じゃない?
ほら、顔が違うでしょう?双子だとしたって、あなたと私はちがう存在だって。わかるでしょう?

石ころだってみんな同じ?いいえ。みんなちがうでしょう?
昨日の朝の空気と、今朝の空気はやっぱりちがうのです。
昨日の庭と今日の庭もやっぱりちがうのです。
そういうこと。
ささやかなこと。
全部全部がちがうんだって、感じて生きること。

荒川修作とマドリン・ギンズが伝えたかったことは、そういうことではないのでしょうか。

今、私たちはスマートフォンを使うようになって、情報は、言葉は、意味は、
毎日毎日あふれています。

でも、意味を感じるということは、その文字列を読み取ることではなく。
その文字列の意味を理解するということではなくて。

私の体で感じること。
私の体が感じたことを、私自身が認識すること。






# by katatchicafe | 2023-11-14 21:23 | なんなん⁈ART

なんなん⁈ART 11月ー1週



10月の終わり、軽井沢へ。
セゾン現代美術館で開催していた展覧会。

「荒川修作+マドリン・ギンズ
 意味のメカニズム
 全作品127点一挙公開
 少し遠くへ行ってみよう」

最終日に足を運びました。


なんなん⁈ART 11月ー1週_c0354173_16460998.jpg



「意味のメカニズム」と題されたこの作品群を
こうしてまとまった形で観ることが、とても大事なことだと感じました。

私たちが目で見て感じている、この世界のありよう。
目で見て、「これだ」と「意味」がわかる。
そのように了解していく世界。

その世界の意味を、そのメカニズムってなんだろうという問いかけ。
平面の大きな作品に、時に立体が付いたりもしながら、問いかけが続いていきます。
作品にはすべて、言葉が配されています。
目に見える世界の向こう側、意味の世界の少し遠くへといざなう言葉たち。

これらは美術作品です。
そして同時に、これらは詩集なのだと、
こうしてまとめて作品と相見えることで感じることができました。
この言葉たちが、この作品群における詩人マドリン・ギンズの存在を強く感じさせました。
その言葉と、荒川修作の研ぎ澄まされた表現とがより合わされて出現した、大きな、稀有な詩集。


美術館の中、作品展示の途中のホールで、荒川修作の講演と思われる映像が流れていました。
気難しげに、エキセントリックに話す印象の荒川修作。
ですが、自身とマドリン・ギンズによる作品たちに囲まれて、印象は幾分和やかなように感じました。
『注文の多い料理店』みたいな雰囲気もある作品群なのですが、
作品と意味を懸命に追いかけていくうちに、
なんだか自分自身、少し遠くへ行ってしまうような……不思議な感覚でした。
分かりえないことが、どこか心地よいような。
それは作品群の端正な表情から生み出されるのかもしれません。

キャプションの作品の制作年をみると、オリジナルの作品ではなく、依頼を受けて再制作されたものだと分かります。
この再制作を依頼したコレクターが堤清二=詩人の辻井喬。
そうか、と少しわかったような気がしました。

この展示と、なおかつ美術館全体が、詩人のまなざしによる、やわらかな器になっているような。
屋外の彫刻作品群も、秋の木立の庭のなかで、やわらかい印象をたたえているように感じました。

作品鑑賞が終わって、一番最後に来場者が通る場所の掲示板に、
今回のポスターとチラシのデザインの、採用されなかった案が2案、決定稿とデザイナーの言葉とともに掲示されていました。
そう、このデザインの力があってこそ、ここまで辿り着くことが出来ました。
荒川修作+マドリン・ギンズの作品に非常によく臨床したよいデザインだと思いました。
この2案があって、これに決まったのだなあ、というのが、
「この案のここがいいね」「ここもいいね」「でもやっぱりこれに決まるよね、いいよね」と話しながら
とても微笑ましく、展覧会をつくることとデザインへの愛情が感じられて、うれしく思いました。

「意味のメカニズム」は、作品に触れることを指示する言葉も書かれている作品ですが、
経年劣化のため、(そして作品保護のため)手を触れないように、との注意がありました。
作品に流れた時間も、場所に流れている時間も。
降り積もってゆく時間をも鑑賞するように、
ゆっくりとみる。






# by katatchicafe | 2023-11-07 16:27 | なんなん⁈ART